本を読む時間を大切にしています。


by mandalabooks

カテゴリ:仏教、他宗教( 19 )


ミャンマーで尼になりました 天野和公 著

すごいネーミングの漫画だ。
何かというと、ミャンマーへヴィパッサナ瞑想の修行に行った女性作者の体験である。
しかも、頭を剃って、だ。
作者は、特にお寺の娘様でもなく、ご主人のお家がお寺ということでもなかったにも関わらず、ともに何もベースのない(檀家なし、コネもなし、スポンサーも土地もない)状態でお寺「みんなの寺」を立ち上げられたツワモノ。
この部分だけでも漫画になりそうなのに、ここは掘り下げず(それについては本を出版されています。)、ご自身のミャンマーヴィパッサナー体験を中心に語られている。
旦那様も瞑想とはいえ、3ヶ月間も家を空けられる奥様を優しく送り出してあげられるなんて凄い!!
幼い頃から仏教に興味を持ち、そこに迷い無く突き進み、人生かけた作者も凄い!
きっと前世でも尼さんだったんではないだろうか。

この本は、作者の生い立ちをはじめに触れておいてあとはミャンマーに至る。
瞑想センターでの1日や、参加者のネタ、瞑想方法について、修行の体験談、師匠の話、ブッダ伝などについて書かれている。
仏教用語については漫画ではなくわかりやすい図で説明してくれていてありがたい。

実は私もヴィパッサナー瞑想にハマっていた時期があり、年のうち1〜2回は10日間の瞑想合宿に参加した体験者でもあるので、共感する部分がたくさんあった。
いつかミャンマーで体験したい!と思っていたので、2Dという紙面上ではあるが、体験させてもらえたような気持ちになった。

ヴィパッサナーと一口に言うても、実は様々な宗派(?)があり、そのセンターによってカラーが違ったり、禁忌事項(戒律?)が違っていたり、肝心の瞑想法も違ったりもする。
が、それは置いといて。

ヴィパッサナーは仏陀の残してくれた、彼が実際に行っていたもので、自身をものごとをあるがままに観察(ヴィパッサナ)する瞑想法。
心の中のいろんなものが浮かんでは消えていく、、、。
作者も正直に、修行中の体験をシェアしてくれている。

瞑想してみたいな〜と思う人や瞑想をすでにしている人、海外でいつか修行してみたい人(特に女子の)にはオススメな一冊♪

うちの旦那さんも出家願望があるので、この漫画を見せたら割と感化されて速攻でミャンマーに行ってしまいそうである・・・。
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by mandalabooks | 2013-07-16 12:08 | 仏教、他宗教

捨てちゃえ、捨てちゃえ


捨てちゃえ、捨てちゃえ
ひろさちや著

題名で掴みはOKである。
捨てちゃえ、捨てちゃえとはいかに・・・。
ものすごくいい題名だ。

身近な「捨てる」である、「こだわり」から徐々にレベルアップしていき「世間体」「欲」ときて最後は「自己」を捨てるという仏教的な構成となっている。(と勝手に私が思ったのであるが)

一番印象的だった言葉は「少欲知足」だ。
ヨガと瞑想を始めてからというもの、このように生きようと心がけるようになった。
死ぬまで欲はついてまわるが、欲を少なくして足るを知ることで、すっと手放すことが容易になった。
インドに出向いて電化製品、電気のほとんど無い生活を数ヶ月送ったおかげで、わざわざ便利な場所にいながらにして「欲を少なく」とか「足るを知る」と頭でわかって減らしていくのではなく、いきなり何も無いというマイナスの中、欲を持ってもしょうがないような、これでもうええわと足らないところから工夫して有を知った(体験した)ため、逆に「少欲知足」で生きることの楽さと快適さを味わう事が出来た。
当時はツライだけだったが、今自分があるのは当時のおかげである。
なので、あれ欲しいだのこれ欲しいだのがなくなり、無かったらないで方向転換するしかないと思えるようになった。
私みたいなもんがちょろっとであるがこの「少欲知足」を微々たるものながら実践できるのだから、きっと誰でも出来るのだろう。本当は簡単な事でっせ、とブッダは教えてくれている。

次に、反省してしまう文章を発見した。
「一人の犠牲」についてである。
「わたしだけがちょっと我慢すればみんなが幸せになれる」といった考えでは誰も幸せになんてなり得ないということが書かれてあった。
ついこれはやってしまうのである。特に家の中で・・・。
著者的には「家族の誰かが不幸であって残りの人たちが幸せになれる訳がない」と。
ほんまにそうである。
「家族は日ごろから自分の希望を家族に伝え、それぞれの希望を聞くようにしていなければならない。みんなの意見に自分を合わせようとしていると、結局は家族全体が幸福にならない、とわたしはそう考える。」とある。
ほんとそう!ほんとそうである!

自分から「何か」を手放す、捨てるととっても楽に生きれるということを教えてくれる一冊である。
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by mandalabooks | 2013-02-06 00:14 | 仏教、他宗教

鳥の仏教

a0057609_0364293.jpg鳥の仏教
中沢 新一著

チベットで古くから語り継がれているという一般人向けの経典。
絵本のような語り口調と挿絵にやられる。
ヨガの行きしなに立ち寄ったキヨスクで発見して一目ぼれ。
電車の中で読み切って、チベット好きの方にお譲りした。
その方に中沢新一の3日間連続勉強会なるものが近々大阪であると教えて頂き、
ハガキですぐ応募し、相愛大学くんだりまで出かけていった。
「原発と仏教」の講義である。
この本を買っていなければ知らなかったのに、と思うと不思議でならない。

内容は経典なのであるが、それはカッコウに姿を変えた観音菩薩が、セキレイ、ライチョウ、フクロウ、孔雀、ヒバリ、ウズラなどの多くの鳥達と問答を始め、悟りへといざなう、というもの。

とても美しい、心が洗われるような、ほっこりするような気持ちの良い一冊。
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by mandalabooks | 2012-02-28 00:45 | 仏教、他宗教
a0057609_2234485.jpg
日本人はなぜ狐を信仰するのか
松村 潔著

ホツマツタエを探していてふと発見したこの本。
私の曾祖母(拝み屋さん)がお稲荷さん系で修行?してはったこともあり興味津々で手に取ったのである。
わっ、松村潔やん!
このおっちゃんはどこまでマニアックなんやろう。
いつもこの人の本は、難解で途中で何度も彷徨ってしまう。
今回もまたハマリながらもさまよって、なんとか読みきるも、正直なところあまり頭に残ってはいない。
たぶん、私の脳の容量よりも越えてしまっていて、ショートしたものと思われる(笑)。

まずは伏見稲荷についての情報をいろいろ教えてくれる松村氏。
伏見稲荷には秦氏が祀られているのであるが、やはり秦氏が始祖というか関係が深いようである。
イナリというのはイスラム世界で「光を与えるもの」という意味があるらしい。

私がずっと気になっていた数字の三の謎にも言及している。
三位一体、三神、三種の神器、上中下、天地人、能動・受動・中和、などなど数えていけばきりのない日常の中の三の位置づけが気になっていたのである。
スーフィズムでも「御者・馬・馬車」と象徴的に三つを表現するらしい。
なんだかインドっぽい。

人間が祀るものというのは私達の叡智や自身を超えた自然のパワーである。
1+1=2でなくて、3になって創造していくもの。
例えば、夫婦から出来る子供のようなものなど。
それはまさに宇宙的である。
原始的な信仰はこの神秘を祀る対象とした。
インドのタントラなどにも残っているし、神社の中にも残っている。
シヴァとパールバーティのように、猿田彦とアマノウズメも夫婦になった。

ここから著者は猿田彦の謎を追うように文章を展開していくのであるが、
猿田彦は秦氏ゆかりの神社に多く祀られているし、稲荷系にもよく出没している。
渡来神の猿田彦は海を渡り、この島へとやってきた。
その前にはシルクロード、インド、中東あたりまで話が戻っていく。
そしてとうとうエジプトのアヌビス神に狐を投影していく。

で、結局何なのかといえば「狐は異界との接点」だということだ。
狐信仰の根底には人類古来の知恵が含まれ、グローバルな視点でものごとを理解するという心の成長を与えてくれるのだとういう。お稲荷さんに触れることで、自分の内なる宇宙的で普遍的な意識へとアクセスできる。赤い鳥居という産道を通じ、根源の世界へといざなってくれるのだという。

猿田彦、渡来、秦氏、このキーワードは前々から気になっていたが
この本によってまた開花した。
ということで、今後は秦氏と猿田彦について研究していこうと思う。
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by mandalabooks | 2012-02-28 00:05 | 仏教、他宗教

ゲマトリア数秘術

a0057609_2102424.jpgゲマトリア数秘術―聖書に隠された数の暗号
久保 有政著

ゲマトリア数秘術なる本を図書館で借りてきた。
聖書の暗号のように聖書がゲマトリアによってなされているという内容で。
が、しかし、ゲマトリアって何?

「ゲマトリア (גימטריה) はヘブライ語およびヘブライ文字の数秘術であり、聖書の言葉に隠された意味を読み解く神秘主義思想カバラの一部をなす。」 Wikipediaより

ゲマトリアとは数値等価法の事で、ギリシャ語やヘブライ語のアルファベットに、それぞれ数値を割り当ててそれぞれの文字を数値変換し、その単語の合計値を算出することで、創始者はピタゴラスと言われています。また、これは「カバラ」でも用いられており、同じ数値を持つ単語は何らかの類似があると解釈され、旧約聖書の隠された意味を明かすためなどにも使用されてきました。

アルファベットを数字に当てはめたもん、ってことやね。(文字を数値に変換すること)
A=1、B=2、、、、とかいうふうに。
アルファベットは、ヘブライ語とギリシア語が用いられている。

なるほどー。
で、この本は数秘術を知るためというより、聖書と数字のバックグラウンドについての本という感じ。副題『聖書に隠された数の暗号』の方が題名っぽい。

しかし、マニアックによく調べ上げたな~、この著者の方。すごいな。

ゲマトリアの数字いろいろ
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by mandalabooks | 2010-10-21 21:01 | 仏教、他宗教

Power up your life

a0057609_16491449.jpgPower up Your Life~力強く生きるためにブッダが説いたカルマの法則~
著者:アルボムッレ・スマナサーラ

カルマについてスマナサーラ長老が語る。

「幸福は1秒で決まる
あなたの人生に訪れる幸福や不幸は、運命や神様の仕業ではありません。
あなたの人生のすべての結果は、あなたの行為や意思によって決まります。
お釈迦様は、人生を決定するメカニズムを
「カルマ(業)」という言葉で説明されました。
「カルマ(業)」とは、あなたの心の中にある「原因と結果の法則」。
思い通りに生きるための具体的な実践方法がそこにあるのです。
――スマナサーラ長老が「カルマ(業)」の真意を解き明かした人気書籍
『Power up Your Life パワー・アップ・ユア・ライフ』が、ついに新書化!」

帯&サンガ出版HPより。

まあ、瞑想(ヴィパッサナー)をしていると、このお話はすっごくわかりやすい。
実践したから、すでに知っていること、になる。
でも、何も知らない人にもわかりやすい説明で、すうっと頭に入ってくると思う。
しかし、スリランカから来たお坊様が書いたとは思えないほどに、ボキャブラリーがバラエティに富み、美しく素晴らしい日本語は、日本人以上のもので(そら、出版前に校正とかはあるけどさ、あるとしてもこれはすごいな。)、私は日本人としてもっと日本語を勉強しないといけないな、と反省した。

カルマといっても日本における悪い意味のカルマではなく、「ひまわりの種を蒔いたら、ひまわりが咲く」というような科学的な原因と行為と結果の法則、科学的なシステムである。
人間は欲が邪魔してついつい「かぼちゃの種を蒔いたのにも関わらず、メロンを収穫したがるようだ。」とスマナサーラ氏は言う。
全てはあなたの心次第で変容する。全ては心がどうするかを決めているからである。
この肉体、この運命はどうか?それは前世でのカルマが決めているのである。
だからといって、前世ばかり知ろうと追い求めてもしょうがない。
前世の集大成は今のあなたであるからだ。
今この瞬間、瞬間を見つめ、観察し(ヴィパッサナー)、智慧に気付き(サティ)、全ては変化しうるものだと受け入れれ、強い意思を培い、自己革命を行い、善を積んでいくならば、人生における悪循環をスパッと断ち切ることができる。
え?無理?
無理なことはない。心の速度は光よりも速いからである。
今、チェンジする。それだけでいいのだ。
スマナサーラ氏も言うが、人間ちゅうもんは、変化したくない生き物で慣れないことはなぜかしたくないのだそうだ。しんどいこともやりたがらないしね。だから、瞑想なんて全然人気がないのよね。でも、一旦瞑想を「ちゃんと」して、何かを気付きを得たならば、もう前と同じではいられない。
変化が当たり前だと気付き体感したその瞬間、書いて字の如く人が変わったように心が変わるのだ。

おかずによってご飯が十倍おいしくなる話が面白かった。
炊いたご飯(生まれるときに熟したカルマ)におかず(いろいろなカルマ)を合わせるとおいしくなる。
でも、腐った卵(悪いカルマ)をかけちゃったなら、ご飯自体も駄目になってしまうし、
例えばふりかけとかおかずとかおいしいおかずを合わせたなら、一層美味しくなるでしょう。
どちらを選ぶかはその人次第で、いいカルマを合わせたら大ヒットの人生になる、と。
いろいろあったとしても、工夫次第で不幸と思われる人生も幸福になるように回転させられるものだという。

そのために、欲、怒り、無知という心の雑草を取り除き、根絶する。そして、慈しみと智慧で心を満たすこと。それが、あなたの人生をパワーアップさせる方法なのだよ、ということである。

サンガ出版
http://www.samgha.co.jp/index.html
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by mandalabooks | 2009-11-20 17:17 | 仏教、他宗教

老子―自由訳

a0057609_19221722.jpg老子―自由訳
新井 満 (著)

加島氏の老子と、訳が違うだけでモトネタは同じ。新井版の老子がこちら。
自由訳とつけられているから、わかりやすく日本語に置き換えて伝えてくれている。
加島氏と新井氏の両方が手元にあるんだが、どちらもよい。
新井氏のは、日本語の下に漢文のモトネタも書かれてあるので、漢文の勉強にもいい。
新井氏の自由訳には様々なシリーズがあるが(般若心教のやつも持っている)、どの本も中に出てくる自然の写真がキレイ。

道(Dao)とは何なのだ?
という第一章の始まりがある。
それを読んでいると、道というのは、インド哲学で言うところの「Om」や「ブラフマン」にも似ているのかもしれないなと思った。

最後の方のページにある
「戦争はしない方がいい。いや、決してしてはいけないよ」の文章が青空に浮かぶ雲の写真とともに掲載されている部分、これがかなりグッときたな。ほんで、新井氏はこれで本文をシメているのだ。粋ななー。

あとがきも割と読み応えあり。
道(タオ)の無は、仏教の空と同じ感じちゃう?ってクダリがある。

「空とは何か?万物は変化するということである。変化にも二種類あって、まず"色即是空"とは、万物は変化した末に亡ぶ、ということ。次に、"空即是色"とは、万物は変化した末に再生する、ということである。老子が説く道(Dao)の偉大なるはたらきを、変化、あるいは時間の観点から考察すると、ブッダが説く空になるわけだ。」

道(Dao)の四つの生き方
①無欲に生きなさい
②謙虚に生きなさい
③不争の徳をもって生きなさい
④貢献の徳をもって生きなさい

「・道(Dao)とは、いのちのこと
・徳とは、愛すること
と表現しても構わないと思う。
老子がすすめる四つの生き方を実践した結果、私達はついに無為の境地、すなわち水が流れるような自由自在の境地に達し、ゆったりおおらかに生きることができる、というわけである。」

う~ん、ヨガっぽい。
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by mandalabooks | 2009-10-29 19:46 | 仏教、他宗教

Tao 老子

a0057609_183946100.jpgTao 老子
加島 祥造 (著)

近所のマクロビカフェに置いてあったこの本。パラパラと読んでみては「おお!」「おお!!」の連続だった。それは、この本が説いている老子の教えが、ヨガ哲学に非常に似ていたためである。マクロビの思想は陰陽に基づく。道教のタオも陰陽に基づいている。ヨガは陰陽と力づくで発言してはいないが、太陽と月をベースに、左右、上下などを意識する。といっても、ヨガ的には(というかインド思想一般かな?)陰陽二極の間には中間が存在し、そのため常にトリグナ(3つのグナ)という考え方があるけどね。

全てはエネルギーだと老子言う。
ヨガも全ては振動するエネルギーであり、肉体を流れるエネルギー=プラーナが存在すると教えてくれる。
それを整えるのが、道教的には気功であったり太極拳だったりするが、インドではヨガなのだ。

陰陽、強弱、男女、善悪、光闇・・・などなど、対極の二つは常に世の中に存在し、私達を楽しませたり、苦しませたりしている。それらは無から生じて無に帰っていく。自身が無(虚)になれば、その二極を客観的に見ることが出来る。そして、二極があってこその人生なんだと、力がふっと抜けて楽になれるのだよ、と。

加島氏の訳は、英訳のTaoから日本語に訳されているそうだ。
しかも現代人にもとってもわかりやすく読みやすく理解しやすい言葉で書かれているので、すうっと入ってくる。
私のようなタオ初心者にはもってこいの一冊。

「上善如水」という有名な言葉がある。
上善水の如し、と日本語にもあるが、これやね。
水のように生きる、という意味。
以前、「流れる水は濁らない」という記事をどこかに書いたことがあった。
ダムのように故意に自然な流れをせき止めてしまえば、水は本来のライフフォースを失って濁っていき、死んだような水になってしまう。金と水は流しておかなければならないとはよく言ったもんである。
水のように清らかに流れるように生きたいなと言っていたわけで。
それを忘れた頃に「上善如水」ときたもんだ。
そう!そうなのよ!!
水は極めて柔軟で、か弱いけれども、岩をも砕く本当の強さがある。しかも、謙虚である。
水の如く理想的な生き方(上善)が、あなたをより良いあなたにしていくのだよ、と。

いろいろと目からウロコな本。
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by mandalabooks | 2009-10-29 19:14 | 仏教、他宗教
a0057609_21352839.jpg日本人が知らない本当の道教
三多道長 (著)

台湾に渡り道士として活躍している著者。日本で唯一の現役道士なんだそうな。
道教について気になる最近の入門書として購入。
タオ(道教)は、ヨガとかインド哲学に通じるもんがかなりある、あると思ったけれど、やっぱり!

宇宙観、陰陽、占、風水などを通じて見えてくる全てはエネルギーであるという概念。
そのエネルギーをいかに陽転させていくか。
吉を呼び込み、凶を避ける「趨吉避凶(すうきちひきょう)」の道。
いかに福を呼ぶかは、自分の心がけ次第であり、自分の努力次第で開けていくのである。

徳川家康がかなり風水にハマっていたというクダリにへ~、ほ~と驚き、まるで都市伝説を見ているかのようであり、お墓を大事にするところなんかは、儒教にもつながってたりするんじゃないのかな~なんて思った。

陰陽、正邪、天地、吉凶などなど対極の二つが必ずある。
それを見出すには、自分が「虚」のニュートラルな状態(仏教では「空」)にもっていくこと。
打坐(瞑想かな?)を行い、よい水と食べ物を取り入れ(吃素/チースー=ベジ食で肉体の汚濁を取るのもよい)、場や人を清め、いい心を持ち、いい本を読み、いい態度を取り、いい話をし、いいことを行う。
自分の運をいかによくしていくかが大事やね。

プロテクトする方法なんかも面白かった。
翡翠、赤い紐、香が良いらしい。

いやー、なかなか面白いので、また次の道教本にも期待だな。
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by mandalabooks | 2009-10-20 22:05 | 仏教、他宗教

阿修羅よ・・・

阿修羅よ・・・輪廻の世界
ひろさちや著

写真なし。
1978年、ひろ氏が48歳で書き上げた阿修羅への祈りを込めた一冊。

いきなり「阿修羅よ・・・」という絶句的な呼びかけで始まる。
阿修羅よ、怒るべし
阿修羅よ、怒るなかれ
怒りの象徴である阿修羅への問いかけをどうすべきか迷っている。

阿修羅とはどんな存在であったのか、
敵対する帝釈天との関係、正義とは、倫理とは、政治とは、宗教とは、
仏教六道の中での阿修羅の位置づけ
などなどを教えてくれる。

阿修羅のイメージは、「悪」である。
しかし、本当は正義感が強すぎて、人々に煙たがられて、押しやられた存在なのではないか?
それが、神から転落し、魔人と呼ばれた所以ではないか?
実際、本文で「正義は怒りである」とも解く。
阿修羅は、弱くだらしない人間に怒りを発する。
人々は甘えたいのに、その隙を与えないから、人々は遠のいていくという。

神といわれる帝釈天に、やられっぱなしの阿修羅ではあるが、あくなき挑戦を続けていく。
この神という権力者に。
それを著者自身が学生運動をしていた頃の政治情勢に例えて話を進めていくところも面白い。
反体制の怒れる存在として阿修羅を見た著者は、そこへ感情移入していたという。

最後に著者は諭すように言う。
「阿修羅よ・・、汝、あきらめよ」と。
もう少し、思いやりがあれば、誤解を受けないのに、と。

2005年に、この本を改題、加筆訂正した「私の中の阿修羅」も読んでみたい。
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by mandalabooks | 2009-06-14 23:05 | 仏教、他宗教