本を読む時間を大切にしています。


by mandalabooks

カテゴリ:日本文化( 23 )

舞い降りた天皇 初代天皇「X」は、どこから来たのか
加治 将一 著





久々にめちゃオモロい!と興奮した本であった。
著者は「龍馬の黒幕」「幕末維新の暗号」を書いた加治 将一。
昔、及川ミッチーが長崎に龍馬の黒幕を探るという番組で著書がちらっと出てくるのを見た事があった。(ちなみにグラバー役がパックン)
それで気になっていたこの著者の本。
実は読んでた「石の扉 フリーメーソンで読み解く世界」の著者でもあったんやね。
「幕末維新の暗号(フルベッキ写真についての考察)」とこちらとどちらにしようかさんざん迷ったが、まずはこちらを上下で買ってみた。
正直上下は長いな、と買うのをためらったりもしたのであるが、いざ読んでみれば展開も早く、どんどん読みハマるためいっぺんに揃えていて正解だった。

さて本の話。
小説仕立ての歴史書みたいな感じ、登場人物は歴史小説作家とその作家のアシスタント(?)が中心である。
「魏志倭人伝」をヒントに天皇Xの存在を浮き彫りにしていくのであるが、その天皇がどっから来たのかを推理していくという内容。
いやあ、発想が、切り口が全く新しい。
だからといって、そらおかしいやろ!という訳ではない。
うすうす感じてた事を「やっぱり!」と代弁してくれるような、もしくは「うまいこと言うた!」みたいな感じだろうか。

著者は邪馬台国九州説で進む。
それをもとに取材の旅をしながら小説を書き進めていくのである。

卑弥呼の治めるシャーマニックな国を彼女亡き後、国を取り仕切り権力を握った天皇X、そのXこそが初代天皇だとし、祭司のような人物だったそうな。そのXはどこからきたのか、何をしていたのか。

魏志倭人伝で出て来る邪馬台国への道程の距離感で九州説、畿内説が未だ割れている最中であるが、著者の推理を読めば、なぜその距離で書かれたかが解かれている。
なるほど〜という感じ。
「卑弥呼は九州にも近畿にもどちらにもいた」と、アメリカの透視家マクモニーグルが言うてた場面をなんだかの番組で昔々見た事があって、それをふっと思い出したけども。

古事記、日本書紀とも照らし合わせながら、なぜこれらが書かれなくてはならなかったのか、陰謀と捏造の繰り返しの歴史を知らされるのである。
著者曰く、始まりは天武(天皇)からで、なぜか自分は40代目の天皇だと言い出したからには自分の代より以前のものを説明しないといけなくなり、急遽作らせた家系図のような日本の歴史書、それが日本書紀と古事記で国内用と国外用にと内容を分けて書いているのだという。

個人的にも天智と天武の派閥当たり、近江京から飛鳥へと遷都した辺りの、唐、新羅、百済も入り乱れての時代が面白いと思っている。
倭人というは様々な人種のミックスでありハイブリッドだそうだ。そこから発展して新倭人なんてのも出て来るのであるが。新加勢大周、ておったよね、、。

アマテラスとスサノオは新羅から来て出雲を征服した。ではなぜ出雲は「山陰」とされ、歴史から封殺されたのか、三種の神器とは何か、朝廷を牛耳った渡来人の秦氏族、などなど興味深い内容が盛りだくさんすぎて書ききれない!

倭人とは何か、縄文人とは何か、国をどう作ったのか、なぜそうしないといけなかったか、心理的な部分からのアプローチも含めて説明している。

稲作、武力、文字(漢字)、祈祷などをふんだんに使って統治していく新倭人勢力。その新倭人には二大勢力があり、それが対馬と壱岐であり、その後の奈良と京都であり、出雲と伊勢であると著者は説く。新倭人は主に北九州と韓国南部の海人(あま)勢力や渡来、土着のミックスとのこと。
「人は流れる」「人は動く」これは今も昔も変わらない。
万物はとどまることを知らないからだ。全てのものは動き、日々移り変わっているのだから、昔の時代であってもそれは同じだろう。

ルーツ探りはタブーとされている。
そんな題材、話題にしていいのだろうか?直球を投げていいのだろうか?
ハッキリと聞いていいのか駄目なのか、いや触らないでおこうみたいな。

だからなのか、何なのか、タブーに手を出した主人公は本の中でも常に追われていたり脅迫されたりしているのであるが、何だか本当にこの著者が実際のリアルな世界でそうされてたんではなかろうかと。それを知らしめるべく書いてるのではないだろうかなどこっちがもう推測してしまっている、そんな推理小説、、、。

つかみ所の無い国日本のつかみ所の無い所以がそこにある。
こういう風にしておこう、そういう事にしておこう的なはっきりとしない日和見主義なシステムのベースを作り出した人は本当はかなりのキレ者ではなかろうか。

最後は映画「地獄の黙示録」を参照しながら、国が成り立っていった様子が描かれる。
縄文人(原住民族)は新しく来た「神」的な文明人によって開拓されていく。
映画「ジェロニモ」の中でアパッチ族がジェロニモを筆頭にアメリカ騎馬兵と戦う場面や、「セデックバレ」で台湾原住民が日本人に対して蜂起した霧社事件を彷彿とさせる。
歴史は繰り返すというが、まさに歴史というのは悲しいかな、常に新しくやってきた者に乗っ取られ戦争をしたりしながら今に続いている。おかげさまで日本は戦後60余年も戦争は無く暮らせているけれど。
歴史というのは人間の欲が上塗りされたものなのかもしれない。

本当の本当、実際の歴史が果たしてどうだったかなんて誰にもわからない。
歴史観も人それぞれだ。
これが事実であるなんてどこにも書かれていないし、そうである必要もない。
フィクションなのかノンフィクションなのか、どれが正解でどれが不正解なのか、それもわからない。
これは、つかみ所の無い国さながら、つかみ所の無い霞のようなものなのだ。
まるでオチさえもふんわりと霧に包まれたような仕上がりになっている。
「ってことは、Xはこれでいいってことなのか??」とわかったようなつもりにはなってはいるが、、、。もう一回再読してみたいと思う。

だけど、これを読んで過去の時代に思いを馳せ、ワクワクするのは大変面白い。

ただし、右っぽい人には全然面白くないはずなので、全然オススメできません。
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by mandalabooks | 2013-07-08 21:27 | 日本文化

かんさい絵ことば辞典

a0057609_21533011.jpg
かんさい絵ことば辞典
ニシワキタダシ著

おかんが「これ欲しわー」とずっと言うてて買ったもの。
ゆるーい絵に関西弁てなぜにこない合うの??

パラパラめくりながら、「あれ?これは関西弁やった?標準語じゃないの?」と改めて教えられた言葉が多数。
私的にはいろんなところを転々としているのでべったべたの大阪弁では通じないので、よその地域でも通じる関西弁を心がけてはいるものの、これを読むと自分が割とべたなことに気づいたりした。

関西弁ておもろいね。
読みながら笑ってみたり。
言葉もおもろいねんけど、絵がわらかす!
この相乗効果は何??

「せやわ、この言葉通じひんかったわ。」とか「これは古い人の関西弁やん。」とか
いろいろ突っ込みもってじっくりと読みふけるひととき。

たまに自分がある言葉を標準だと思い込み、
パソコンで変換するも漢字が出てこず、「このパソコンアホちゃうか?」とパソコンのせいにしてみたりしたが
関西弁だったため、変換出来なかったということが何度かあった。
無知とは恐ろしいもので・・・。

奥深い関西弁の世界を是非堪能してみて下さい。

この本のアメブロ版もあったよ。
http://ameblo.jp/kansai-ekotoba/
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by mandalabooks | 2012-07-13 22:11 | 日本文化

知られざる古代日本

a0057609_228342.jpg古代文献『ホツマツタエ』が語る知られざる古代日本
鳥居 礼 (著)

ホツマツタエ調べにて借りてきた本。
ほんと知られざる、だ。

いや~、アマテラスがね~男だったとは!
古事記、日本書紀よりも前に日本についての文献があったとは。
著者によれば、米に例えるなら、「ホツマツタエ」が玄米、「日本書紀」が八分搗き、「古事記」が白米といったところなのだそう。
日本書紀、古事記には書かれていない宇宙論、死生観、神事その他の古代の叡智が盛り込まれているそうである。

「和す(やわす)」
この言葉が何度も出てくるが、日本は和す文化だという。
それこそが最高のアイデンティティだとか。
場合によれば腹を切る覚悟もあるのに、曖昧なゆらぎがある。
そのゆらぎ、安らぎ、その中にこそ優れた宇宙観、自然観がバックになっているというのだ。
自然のF分の一のゆらぎ、きっちりとしないナチュラルで不規則なゆらぎ。
それこそが心地よくさせてくれるリラックスの元であるが、日本人の考え方の中にはこのような曖昧なゆらぎがしっかりと入っている。

ヲシデ(ホツマ文字)という漢字前の固有の古代文字があったらしく(確証はまだない)、全編それによって五七調で綴られている。この文字を見て韓国ドラマの「善徳女王」で暗号に使われていた伽耶文字に酷似しているようにも思え、調べては見たものの全く手がかりつかめず。私の思い過ごしだったようだ・・・。
がしかし、古代日本は古代韓国と切っても切れない深い縁で繋がれているように思うのであるが、本文には関係ないので飛ばすとしよう。

「君」という言葉がある。
君主などと言い男性的であるが、ホツマによればキミそれ自体が男性・女性の一対であるのだと説く。いざなキ、いざなミにもあるように男子はキ、女子はミで、一対でないといけないのだそう。
男尊女卑的ではない、男女平等性がそこにあるのだと。男女は仲良くペアでお願いします、と。まるで雛人形なのだが、雛人形(京雛)を見てもそこにはホツマから伝わる女は向かって左、男は向かって右にとずっと配置されているという。(一般の雛人形は逆らしいが)

「八」を大切にしている日本
八角を形成するトホカミエヒタメの神々が生命誕生のとき、全てを結びつける魂の緒を下ろす、とある。
天井の外(トコシナエ)には八隅に八色の神に捧げる布や紙が立ててあるらしい。
八つの神の八つの手から生を受け、与えられた運命の道そのままに生きて楽しむなど、「八」は日本独自の楽天的でおおらかな考え方であるそうだ。

「三つの壷」
近江、富士、多賀(宮城)の三つが宇宙的な母胎である大壷と共鳴しコンタクト可能な土地、らしい。
なにげに近江の湖西地方、高島市、安曇川にある神社から「ホツマツタエ」は発見された。
著者曰く、琵琶湖が日本の子宮にあたる壷であり、新生の国を生み出すところであるから、西欧近代化ムーブメントの次の新時代は琵琶湖の周辺から始めるべきだろう、とのこと。
今現在では絶対ありえへんけどな(笑)・・・。

「古代の食事観はほぼベジ」
古代では肉食はタブーであった。
日常の食べ物は穀物が最高!と。あやまって四本足(の肉)を食べてしまったら家に二ヵ月半カブを食え、魚でも三日間大根を食べて穢れを消し、水鳥の場合は二十一日間大根を食べること、とある。
ホツマ的見解としては、血が穢れて魂の緒も乱れ、もとの天の宮に帰ることが出来なくなり、すると魂魄も迷い苦しみ、獣に再生してしまうらしい・・・。
米は日の霊気、菜は月の霊気を受け備わっているため、人の霊気を満たすのだとある。
ベジだったら日月と感応して天の宮に帰ることができるぜ!みたいな。
個人的見解であるが、高校生の頃に牛乳を飲んでると自分が濁っている感覚、飲まないと澄んだ感覚になったことがあった。誠に形容しがたいのであるが、そんな感じだ。

書いた人が言いたいのはきっと日本人よホツマを読んでルーツを思い出し、自虐的にならず素晴らしいアイデンティティを取り戻そうぜ!ということだろう。

まだまだ著者作のホツマ系BOOKSがあるので、次々と読んでいき考察を深めたいと思ふ。


目次
第一章 ホツマツタエが日本を救う
第二章 日本語の持つ和しの力
第三章 古代日本の宇宙観
第四章 美しき死生観
第五章 日本美がわかれば日本がわかる
第六章 日本の知られざる聖域
第七章 日本人の生活法は自然と一体だった
第八章 先祖が作った日本の歴史
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by mandalabooks | 2012-03-06 22:13 | 日本文化

猿田彦と秦氏の謎

a0057609_2150287.jpg猿田彦と秦氏の謎
伊勢大神・秀真伝・ダビデの影
清川 理一郎 (著)

ホツマツタエ(秀真伝)を調べていて発見した本。
どうやら猿田彦と秦氏と稲荷が切っても切れない関係らしい。
猿田彦は秦氏一族の王だったとかなんとか。

渡来神の猿田彦、日本国内では完結せずルーツを中央アジアの羌族、イスラエルに求めていく。
失われた十氏族の末裔かもしれないとロマンがふくらむ。

そっから発展して猿田彦を祀る秦氏が建てたといわれる伏見稲荷のINARIの語源はINRIである、と。

トンデモ~と思うか否かは、あなた次第ということで。

ホツマについてはがっつりと書かれていないので、自分が探していたものではないが
いつもなぜか猿田彦、秦氏、稲荷に行き着くので、読むようになっていたのもんと思われる。


目次
第1章 猿田彦大神のプロフィールと出自をさぐる-『秀真伝』、羌族の謎/第2章 サルタヒコ大神を祀る神社-その信仰の多様性を探る/第3章 ホツマが語る伊勢大神の謎-伊勢大神は男神で一人の皇后と十二人の后がいた/第4章 ホツマが伝える日本古代史-記紀が語らない独自の歴史観/第5章 古代日本に渡来した高度な民族集団・秦氏にせまる/第6章 秦氏が建立した日本の神社-原始キリスト教、ユダヤ教、日本神道/第7章 ユダヤ王・ダビデの謎-マリ文書、エブラ文書、サルタヒコの原像/第8章 伊勢神宮が宿す古代ユダヤの神跡-サルタヒコと伊勢大神、バアル・アシュラの女神信仰とアマテラス/第9章 サルタヒコ大神終焉の謎-サルタヒコは悪神か善神か?/付章 サルタヒコにつながるケルトの神、ギリシャ・ローマ・イランの神
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by mandalabooks | 2012-03-06 22:05 | 日本文化

女湯のできごと

a0057609_1712880.jpg女湯のできごと
益田 ミリ (著)

益田ミリ氏の本は同郷だからか、かなり「それめっちゃわかる!」の宝庫である。
それゆえ、見つけ次第買ってしまうのであり、かなり大好きなのだ。
もう、読み終わったらいつもいつもメールか手紙を書きたい衝動にかられてしまう。
(迷惑なので思うだけにとどめているが)

昔、銭湯は身近だった。お風呂のない家が多かった。
だからといって貧乏とかそういうことではなく、そういう文化である。
私も小さい頃は銭湯に通っていた。

読めば読むほどに思い出されるマイ銭湯エピソード、かぶるかぶる。
ネタもかぶれば、湯もかぶる。
そうなんだよねーん。

大阪銭湯物語やわ。
下町~♪
懐かしい~♪

洗面器で息つぎの練習をする子供→おったおった!私もやった!
脱衣所のロッカーキーのゴムで髪の毛を結うおばちゃん→絶対何人かおった
銭湯のベビーベッドでの周囲の人のやりとり→あたたかかったよなあ
銭湯ののれんをリンボーダンスでくぐる→してた
頭乾かすやつ(ヘルメット型乾燥機)は3分、おばちゃんがそれまでに乾いたら「あんた乾かし」と譲ってくれるもったいない魂→言われた
木の下駄箱の鍵はゲタフダ→言うてた
石鹸箱にタオルをかぶせて角に口をつけて吹くとブクブクなる→子供の定番

風呂屋とは近所の憩いの場であり、コミュニケーションスペースだったと思い返す。
懐かしいなあ・・・。
学校の友達や近所の子と銭湯でも遊んだり、喋ったり、年上のお姉さんやおばちゃんと友達にもなれる。

今もスーパー銭湯でもそのような光景が繰り広げられているとは思うが、
スーパーがついちゃってローカルでない部分もあり、コミュニケーションまでは取らないのかもしれないね。
ただし、おばちゃんは喋りかけてくるね。
私は銭湯に通っていたおかげで、おばちゃんに喋りかけてもらった方が面白いし好きである。
少なくなったけどね。
でも、大阪銭湯物語にもっとも近しい光景を見たことがある。
どこでかっつーと、韓国の銭湯で、である。
なんと似ていることであろうか、おばちゃんもよく似ている、光景もよく似ているので感動してしまったぐらいだ。

お風呂屋さんていいもんやね~。
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by mandalabooks | 2011-10-20 17:27 | 日本文化

日本人の正体

a0057609_17444755.jpg日本人の正体―大王たちのまほろば
林 順治 (著)

NHKブックスから出ている「日本と朝鮮半島2000年」上下巻と迷ったが、こっちを買ってみた。

渡来人王朝説や日本書紀歴史改ざん説を知らない場合は、目からウロコというか新たな発見かもしれないが、すでに知っているので、特に驚きもない。

そして、文章が難解だ。
説明が難しいからだとは思うけれど、かなりややこしい。
誰説はこうで、誰説はこうで、と引用が多いので頭がこんがらがっている。


(1)初代天皇は、加羅系王朝を創始した崇神(『書紀』では10代目)である。

そういえば、近所の御霊神社(天智天皇を祀っている)には、鳥居に崇神と書かれている。

(2)王朝は応神天皇(昆支・倭王武)の時代で百済系に交替した。

天智(大津皇子)は百済系らしい、近江は百済とかなり深い関わりが歴史的にある。

(3)応神天皇(15代)と継体天皇(26代)は兄弟である。

応神は昆支(こむき)?

(4)「聖徳太子」は、蘇我王家を隠すために創られた虚像である。

初めて知った。よくわかっていない私。

(5)天武天皇は天智天皇の弟ではなく、兄・古人大兄皇子である。

知らんけど。
ここで新羅系と百済系の軋轢か?
百済滅亡の時期と、近江朝から平城京への遷都の時期が重なる。

きっと、何回か読まんとわからん。
だって歴史わかってないし。
誰が誰かもわからんし。
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by mandalabooks | 2010-08-23 17:43 | 日本文化
a0057609_16473843.jpgこの国のはじまりについて―司馬遼太郎対話選集〈1〉
司馬 遼太郎 (著)

司馬氏の「日本の成り立ち」観がとても好きだ。
絶対に外せない、半島の多大なる影響。
それを知りたくて、司馬氏のエッセイを読みまくっているのである。
これは対談集で、言うたら、オッサン2人(司馬氏と他の方)がおのおのの好きなトピックについて喋ってるっていう喫茶店的なムードが満載なのであるが、喫茶店ではほとんど聞けないだろうものすごマニアックな深い話なのである。

出雲から読み解く新羅、高句麗が古代日本にもたらした様々なもの、フロンティアとしての東国から始まり、中世、江戸へと繋がっていく。

半島のことを書いている部分は、もう付箋だらけである。
ここでは書ききれないので省く。

ライシャワーさんとの対談で「目をつぶって暮らす日本人」のくだりがある。
「フランスの先生たちが京都へやってきて、『京都の町は美しいけど電柱が気になる』と言うけれど、日本は消去法の心理があり、電柱が見えないと言ったらしい・・・。」ってとこが妙に納得であった。
日本は昔からどっちかというと、国際的外向きな対外貿易的な勢力は弱くならざるを得ない傾向があると。国内派っていうのが日本の秩序感覚であると。多くは変化のない安定を求めるので、それが徳川が長く続いた所以か、と。日々、疑問に思っている事がさ~っと解けたように感じた。
だから私は疎外感があるのか、と。いや、疎外というか、変人に見られますね。

しいたけは道元の時代から中国に輸出されてたとか、昆布の取れない琉球なのに昆布の消費量が高いのは古代から流通していたからだとか、食から考える貿易や国際的な事柄も面白い。

変人に見られても、古代からのインターナショナルな行いを知りたくて、昔はどんなんやったんやろう?って思う。
だから、司馬氏の豊富な知識に自分の世界が広がっていくのを感じ、すごくワクワクするのである。

さて、次は何を読もうかな。
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by mandalabooks | 2010-08-23 17:17 | 日本文化

歴史と風土

a0057609_10362153.jpg歴史と風土 
司馬遼太郎著

司馬史観が面白い!と私は思う。
昭和でこの考え方を持つ人は、きっとけったいなオッサンだったろう。
でも、私は思うのは、彼は外へ外へと出て行くことで、自分の国なり、土地なりが見えてきたんやろうな、ってこと。
外に出て様々な文化と触れ合うからこそ書けるもの。
一旦外側から見た内側を客観的に捉え、内側に戻ったら内の内をぐいっと掘り下げて調べ上げる。

あとがきに書かれていた"辺境史観"という言葉が気に入った。
「・・それ以来、私はこの司馬良太郎の視点を"辺境史観"と呼んでいる。」磯貝勝太郎
と、ある。
そして、司馬氏がいかにそういう考えに至ったのかを推測し、おいたちを書いている。
辺境の地にあって中央から差別されている民族、マジョリティではなくマイノリティに対しての愛着や温かい眼差し。東大阪で生まれ育った司馬氏のその辺は、大阪の南側で育った私にもよくわかる気がしている。

日本のこと、日本の周辺のこと、アジアの歴史と風土について、いくつかのエッセイをまとめている。

「日本、中国、アジア」「堺をめぐって」「遊牧民族と古朝鮮」「日本仏教と迷信産業」が面白かった。迷信産業に至っては、司馬氏のへそ曲がりさ加減(こっちが正しいし、本人も曲がってるとは思ってないと思うけど)の痛快さにスカッとした気分。私が日々疑問に思うアレコレを、詳しく、正確に記載してあり、「そう!ほんまにそう!!」と小気味良い。
プラス、知りたいと思ってたことがそこにあるんやから。

それはそうと、司馬氏のエッセイでは、日本と周辺の話や土地柄や歴史などを教科書と違う観点から勉強できるから好きだ。しかも、自分で歩いて、自分の口で現地で話し、自分の耳で聞いた事をベースにしているので、本人の体験した生の現地がそこにある。しかも、調べに調べているだろうから、すっごく深い。やはり、自分の体験や思いはただのうわっつらい言葉ではないのだと知る。
文字読んでいても、うわっつらければ、忘れてしまうからね。

書いていてもついつい熱くなってしまう、司馬氏の本の感想文であった。
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by mandalabooks | 2010-08-05 10:55 | 日本文化

大阪人の胸のうち

a0057609_10223991.jpg大阪人の胸のうち
益田 ミリ (著)

本屋で配布されているフリーペーパーの中にこの著者のコラムが載っていた。きっと本人のままなのだろうなあ(推測)というフランクな語り口調が心地よく、「ミリ」っていうカタカナの名前がその時にインプットされた瞬間であった。
その後、この人の名前を本屋で発見すれば、「大阪人の・・・」とある。
私と同じ大阪人なんやーと、ペラペラめくっていくと、挿絵とたまにある4コマ漫画の感じがまたなんともいえずフランクな感じ。エッセイの題名のそれぞれも「大阪人と何々」みたいな、大阪人対何かについてで、おもしろそうなので購入決定。

「大阪人と京都人」についての部分に、そーそーとうなずく。
「やっぱり大阪の子やなあ」といわれるシーンがあるが、そうそう。
京都に行くと線引きを感じるのである。
大阪におると、わりといろんなところからみんな来ている人が多いので、大阪住んだら皆同じ=それが大阪人的雰囲気で、そんな環境で育つのであるが、京都に行くと「京都人」以外は別物的ちょっとした敷居の高さというかローヤル感がある。なので、京都の人とその他を一緒にしてはいかんのである。「なんで私達同じじゃないの?」という疑問があったのであるが、これを読んで今までの京都への思いというか詰まりがすうっと流れた感じ。便秘解消だよ。

「大阪人と愛想」もわろた。
大阪人は何でも愛想が大事である。「愛想なしでごめんやで」とか「あの店員愛想悪い」とか、愛想=愛嬌?がないと、具のない味噌汁のようになってしまうから。
せやし、よう「笑ろとけ、笑ろとけ」と言うのやね。

他、大阪人と三枝、大阪人とたこ焼き機、大阪人とお調子者(道頓堀へダイビングの話)、大阪人とお好み焼き、大阪人と「ちゃうねん」などなど。

大阪を知りたい人、大阪人で自分を客観視したい人におススメです。
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by mandalabooks | 2010-07-28 10:42 | 日本文化
a0057609_7162090.jpg新装版 歴史の交差路にて 日本・中国・朝鮮
司馬 遼太郎 (著), 陳 舜臣 (著), 金 達寿 (著)

1984に出版されたものの文庫版の新装版。
陳さんは中国系、金さんは韓国系のバックグラウンドを持つ。
日本・中国・朝鮮の三つの隣り合う国の風土や習俗、食文化などを三人で語り合う。
こちらは鼎談方式なので、また司馬氏の小説とは違って、その人そのものを感じられるのもいいと思う。
三人共、知識が豊富なので、読んでいるだけでとっても勉強になる。

私は、司馬氏の日本の歴史の本はあまり読んでいないけれど、
紀行ものや旅シリーズ、アジアについてが好きだ。
特に司馬氏の考え方が、フレキシブルですごくいいと思っている。
昔こんな考えの人は、変わっていると思われていたと思うが、悲しいかな今もそんな風土は変わっていないと思う。私も同じく、変わっていると思われているからである。
日本人がもっと自由に外に旅をし、外を知っていくことに楽しみを見出せばきっと変わるのだろうけど。

何回も読んでみたい一冊。
今、この本が再販されているのがありがたい。
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by mandalabooks | 2010-07-08 07:29 | 日本文化