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by mandalabooks

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ヒーリング



ヒーリング
草野 巧著

このシリーズの「パワーストーン」を読んでいて、なかなか良かったのでこちらも読んでみる。
「癒しの伝説と神秘の技法」と副題にあるように、内容はまったくソレなのだ。

イエスの奇跡、アスクレピオス(医学の神)の治療、ルルドの泉などに始まり、世界のヒーリングの神々、ヒーラー、パワースポット、伝統医療について収められている。
多岐にわたってものすごく調べて書かれているな~と感心!
参考文献が最後に掲載されているが、これもまたすごい数。
ヨガ(ハタヨガ)についてもよく調べてはって、一般的にはわかりにくいヨガの身体論にまで及ぶ。

ハワイのパワースポットやカフナ(シャーマンみたいな人)について、セドナのヴォルテックスやネイティブアメリカンについて、ペルーのナスカやマチュピチュについてもとても面白い。

ホメオパシー、アーユルヴェーダ、中医学などにも言及しており、そしてエクソシズムなどにも足を突っ込んで書いている。

私はなぜか小学校の時の自由研究を思い出してしまった・・・。
自由研究ってすごい調べて発表したなあ、と。

入門書にしてはなんせ詳しい。
そんな感想でございます。
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by mandalabooks | 2013-01-08 16:33 | スピ系


街道をゆく〈11〉肥前の諸街道
司馬 遼太郎著

紀行文はおもろい。そして司馬遼太郎もおもろい。
これが合わさったら、、、かなりおもろい。
ということで、「街道をゆく」シリーズが好きだ。
それの肥前(佐賀・長崎)版である。

唐津、平戸、長崎の3章に分かれている。
唐津では元寇の時の蒙古塚を探し、平戸で蘭館を探し、南蛮(ポルトガル)、スペイン、イギリス、中国との繋がりを見出す、長崎の南蛮人の居留地とサツマイモには関係があると思いを馳せたり・・・。

大航海時代のキリシタン文化と貿易についてや、当時の戦国の情勢などがわかりやすい。
信長、秀吉(南蛮中心時代)、家康(オランダ中心時代)の時代の長崎はインターナショナルやったんですな。

こんな言葉を書いている。
「長崎といえば、秀吉による教会領長崎への弾圧とその残酷なキリシタン処刑、さらにはずっと後のオランダ人の渡来からふつう幕があくようだが、それ以前のカトリック時代の長崎をゴアの教区の内部事情、アジアにおけるポルトガルとスペインの対立、またはヨーロッパにおけるポルトガル王国の内情といった面から丹念に照射した研究が出てくれば、長崎史は原爆体験を待たずして世界史の一部になりうる。」
何行かだけで、何百年かを網羅して壮大である。

平戸の方に松浦という地名があるが、これのもとは「末羅」だったそうで「ら」というのは、古代朝鮮後で国を指す言葉ではないかと司馬氏は言う。司馬氏の半島愛を語る所がすごく好きで、食い入るように見入り、指で文字を追っている。
そして唐津の唐は韓(伽羅)であり、ここいらの関係は深かったのではと推測していらっしゃる。

さて、南蛮(ポルトガル、スペイン)とカトリック神父は一体で、貿易したかったらまず入信せよと交渉してくる。
ローマ・カトリック教会はポルトガルとスペインの両王室と契約し、布教保護権をあたえた、のだとか。
なので発見する土地土地で原住民を改宗させる事業をローマから請け負っていた、とある。
ザビエルのイエズス会もこちら側だった。

南蛮に対して区別するためオランダを紅毛と呼んだ。
私の毛も子供の頃、紅かった。そのため赤毛と呼ばれた。
なぜかと思ったら、この当時に長崎に来たオランダ人(しかも平戸の)の血がどうやら混じっていて、隔世遺伝で出たらしい・・・。そのためか、長崎やオランダと言われると妙に血が心が騒ぐのである。
死んだばーちゃん(父方)は平戸出身でクオーターだった。
もとい、紅毛(オランダ)はプロテスタントで割とビジネス感覚で貿易中心だったらしい。
平戸でなんなくやっていたものの、鎖国令などで出島に押し込められながらも、日本と貿易してたのは「金利」の良さらしい。日本では銀の方が価値があったため、銀で支払っても金でお釣りが帰ってくるみたいなところがあって、儲け率が高かったのだとか。

「オランダ人はその独立戦争によってスペインの首かせから脱し、ヨーロッパで最初の市民社会を創ったと考えていいが、同時にビジネスというものを宗教から切り離して独立させて近代を開いた最初の民族ではないかと思われる。」

カトリックが悪く見えてしまいそうであるが、実は彼らは医学を無償で提供してくれたのだとか。
さすがは聖職者である。イエズス会の信用もドUPしたらしい。
南蛮外科により、悪質な瘍や疔をアルコール消毒にて完治させたことが日本人にとって魔法のようなものに見えただろう。アルコールで消毒なんて感覚がなかったのだから。

インターナショナルな長崎は時代の波に乗ったのか、飲まれたのか、いい面もあれば悪い面もあり、何とも言えないが、この時代から振り返って推測する事しか出来ないがとても興味深いのである。


1274年 元寇襲来 福岡の今津辺り
1281年 二度目の元寇襲来
1541年 ポルトガル船が豊後の国に漂着
1543年 ポルトガル船が種子島に漂着、鉄砲伝来となる
1544年 キリスト教薩摩に来航(ザビエル?)
1550年 ポルトガル船が平戸港に入る
1600年6月 ウィリアムアダムス(英、三浦按針)が航海長を務めるリーフデ号(蘭船)漂着 
1609年 平戸に二隻のオランダ商船入る、オランダ商館が作られる
1613年 イギリス商館が作られる
1623年 英国、対日貿易の不振により10年続けた平戸の商館を閉める
1641年6月24日 オランダ人平戸から出島へ移される
1700年初頭 徳川幕府による鎖国、スペイン・ポルトガルが退去
1853年6月 ペリー来航
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by mandalabooks | 2013-01-07 23:57 |