本を読む時間を大切にしています。


by mandalabooks

死後を生きる

a0057609_13593044.jpg死後を生きる 
松村 潔著

松村潔は占星術だけではなかったのか!
先日、松村氏の数時間にも及ぶ占星術講座へ行ってきた。
まあ膨大な情報量で危うく頭がパンクしそうになった。
この人の頭脳はどないなってんねやろ、というのが感想のひとつでもあった。

占星術に惹かれ、少しずつ学び始め、文献を調べているうちに図書館でこちらを発見。
早速借りてみた。といってもこれは占星術の本ではない。
死後の世界について?の本である。
しかも、講座同様難解で、アイフォン片手にメモを取りつつ読み進めていった。
そのメモもまた字数が多くなること、多くなること!!

だいた本の最後を見たらオチが来てるんやけど、自分の中でどこがオチやったんかってのがわからないまま終わった。でも死後ってもしかしたらそんな感じなんかな?って読み終わってふっと思った。
終わったーと思ったら、あれまだ続いてんねやん!みたいな。

死後の世界の感覚に近い体験を得る方法ってのが、いろいろあってそれが瞑想であったり、この人が説明する幽体離脱やへミシンクであったりするわけだけども松村氏はそのヘミシンクにどっぷりではなく距離を取っていますよ、他にもいろんなものがあるけれど、道具としては取り入れてもそのグループに自分は属していないよ的なスタンスを本の中で表明している。
ヘミシンク以外にもいろいろな方法あるけど、どんなことをしてもいいけどミイラ取りがミイラにならないように、ロジックにひっかからずに自分を見失うなよ、的な忠告もあったり。

※ヘミシンク
幽体離脱よりライトな体験、ヴィジョンを見るらしい。
特定の周波数を組み合わせ人の意識をコントロール可能にする技術、とある。

そんな感じで死後の疑似体験って割と身近にあるよ、と著者が教えてくれる。

生きている間は肉体に重きを置いているが、肉体を脱ぎ去った後はエーテル体のような部分が活躍してくる。
夢見てる時のような感じで。夢を見てる時は肉体は休んでる。

道教には魂魄(こんぱく)という考え方があり、上(天)な部分が魂(精神を支える気)であり、下(地)な部分が魄(肉体を支える気)にあたるという。
魄は魂よりも振動数が遅いエーテル体で、魄の部分はキョンシーとかお化けとかそういう系。
肉体を脱ぎ去って魂が抜けた後にまだなお彷徨っている肉体重視の霊的な部分と解釈するといいかな。
これはアジア人にはとてもなじみやすい思想ではあるけれども、西洋人にはあまりピンとこないらしい。
日本人は魂魄の魄の部分が強め、西洋人は魂の部分が強めでそれは文化圏が違うから。
なるほど。
日本と西洋ってほんっとにひっくり返したように反対なので、そこはかなりわかる気がする。
最近のスピ傾向が行っちゃってて着地してない系なのは、西洋輸入品のスピでありその魂魄の魂部分だけを取り出して使っているからではないか、と。だからしっくりこない人もいるんだろう、と。
たぶんもっと地に足が着いたというか、魂魄の魄部分を見せてくれる神道とか心霊的なものであれば、すっと消化不良にならずに受け入れられるのではないか、と。
でもただ魂魄は違う原理で動いているのであり、どこの国の誰の中にもあってその比重は個人により違ってくるのかもしれない。

そこで著者はこの魂魄理論を進めておいて、ヘミシンクでは上の領域には行けても魄的領域を刺激しないのではないかと、それには何かということで水晶球透視がいいのではないかと気づいていく。

魂(たましい)というのは、個のみならずクラスター(集合体)のようなもので、生きていく上でこの繋がりを取り戻す事が大切なのだと言う。そのクラスターの次元上昇というかレベルアップ、全ての要員が浄土に行くことで地球に停泊しなくなるのだそうだ。

と、この本の趣旨がなんとなくわかったところで、この本の続編「エーテル体に目覚める本」を読んでみたいと思う。


第1章 死後の世界を信じる人は救われる?
第2章 死後の世界をのぞいてみよう
第3章 死後を生きるために
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by mandalabooks | 2012-01-28 15:29 | スピ系